大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)4699号 判決
原告 繆興財
被告 株式会社 中井組
一、主 文
被告は原告に対し金七十七万八千二百三十円及びこれに対する昭和二十七年十二月二十七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は原告の負担とする。
原告その余の請求を棄却する。
この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金二十五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し金百七万八千二百三十円及びこれに対する昭和二十七年十二月二十七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告の次女繆麗芳(昭和二十二年十一月二十九日生)は昭和二十七年十月二十四日午後四時四十分頃、大阪市東淀川区十三東之町二丁目八十三番地先道路上において訴外泉尾義隆の運転にかかるオート三輪車に衝突、転倒せられ且つその後車輪で腹部を轢過されたため、同日午後六時三十分頃同町豊田外科病院において内臓等の破裂出血により死亡するに至つた。
本件事故現場は阪急十三駅より東北約百米の地点であり、長柄橋方面より西南の方向に通ずる道路上であつて、西北側の舖道より五米四十糎の地点である。該道路は、幅員約十七米のアスフアルトをもつて舗装された平坦な道路であり、右道路は本件現場より百米西南までで行き止りとなり、その先は阪急電車線路まで葦等の草生した荒地となつており、その東南側において幅員八米の小道路に接続しているが、本件事故発生地点から東北約七十六米の地点にある被告会社のアスフアルト溶解所から事故現場附近にかけての見通しは良好であり、本件衝突地点から北東に約十一米、本件道路の北西側の舗道から約五米四十糎の地点には高さ一米六十糎の標識が立てられており、該標識は上下二箇の部分に分れ、横八十糎、縦四十七糎の上位部分には「午前八時より午後八時迄諸車通行止、十三警察署」と書いてあり、横三十糎、縦六十五糎の下位部分には「学童安全道路」と記載されていた。そして、事故発生当時本件衝突地点から西北方の右標識線内の舗道上には二人の子供が、また中央附近の道路上には数人の子供が遊んでいた。訴外泉尾義隆は右アスフアルト溶解所からオート三輪車を運転して右道路上を北東から南西へ向け通過せんとした際右標識線より十五米前方の地点で被害者である亡繆麗芳が、数人の子供が遊んでいた右道路の中央附近から二人の子供がいた西北の舗道に向つて、ゆつくり歩いているのを認め、且つ、本件道路が諸車通行止となつていて法規上オート三輪車を乗入れることが出来ないこと、並びに道路上に数人の子供が遊んでいて通行しては危険であることを熟知しているに拘らず、時速三十粁の速力を緩めることなく、また警笛も鳴さず、そのまま進行したため右歩行中の被害者の側面から衝突してその前輪で被害者を跳倒し、なおも制動しなかつたため後輪で被害者の腹部を轢過したが、尚且つ停車せず、剰え轢逃げを企てんとしたが通行人から呼止められて初めて停車したもので、該停車地点は右衝突地点より約五十米離れた本件道路上東南側の第二電柱の地点である。(以上いずれも本件検証調書末尾添付の図面参照)以上のように警察署において学童安全道路に指定して一定時間中諸車の通行を禁止し且つその旨を表示した標識を道路上に設立してあつて、而もこれを普断から知悉しているに拘らずこの義務に違反してオート三輪車を乗入れた訴外泉尾義隆は本件事故発生について過失があること論を俟たないところであり、且つオート三輪車の運転手としては常に前方を注視し、危険を察知すれば警笛を鳴らす等通行人の注意を喚起し、且つそれでもオート三輪車の進行方向に進入してくる者があれば速度を緩める等急停車可能の準備をなし、(殊に本件の場合の如く相手が幼児である場合は尚更である)、更に衝突直前には急停車かハンドルを急角度にきる等被害を最少限度に喰止めるべき最善の処置をとらなければならないのに、前示の如く前方注視を怠り警笛も鳴さず、速度を緩めて即時急停車可能の準備もせず、且つ急停車もハンドルを急角度にもきらず、本件惨事を惹き起したことは右諸注意義務に違反した過失ありと云うべきである。
そして訴外泉尾義隆は訴外横田剛の被用者であるところ、右横田剛はまた被告会社の被用者である。横田剛が被告会社の被用者であることは、同訴外人が被告会社から給料を受け被告会社を事業所とする健康保険の被保険者となり、且つ被告会社の従業員として外部と公然接渉の任に当つていることに徴しても明白である。そして右のように泉尾義隆が被告会社の被用者の被用者である場合には、同訴外人は結局被告会社の被用者というべきものであるところ、本件事故は被告会社が横田剛をして下請さしたガス管の埋設、舗装工事中、アスフアルトの溶解用の薪を運搬するため泉尾義隆がオート三輪車を運転進行していた際に惹起せしめたものであるから泉尾義隆の右行為は被告会社の業務執行行為と目せられるべきものである。従つて被告会社は泉尾義隆の本件過失殺の行為につき、使用者たる地位において原告に対しその財産的、精神的損害を賠償する義務があるところ、原告は右被害者の父として本件事故により別紙目録<省略>記載の通り金七万八千二百三十円の損害を蒙り、また、本件事故により原告の受けた精神的痛手に対する慰藉料の額は被告会社が相当大規模な土木工事の請負業を営んでいるに引換え、原告は中国人でささやかながらも中華料理店を営み、一家辛じて平和な日常を営んでいた事実に鑑みるときは金百万円を以つて相当と思料する。
よつて原告は被告に対し右損害金及び慰藉料合計百七万八千二百三十円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日である昭和二十七年十二月二十七日より右完済に至るまで年五分の割合による法定遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中、原告主張の日時頃、その主張の場所において訴外泉尾義隆運転にかかるオート三輪車が訴外亡繆麗芳に衝突したこと、本件事故現場及びその附近の当時の状況、諸車通行止の標識に関する事項及び当時道路の中央附近と舗道上に子供が遊んでいた状況(但し道路の中央附近で遊んでいた小供は二人である)がいずれも原告主張通りであること、泉尾義隆が本件事故現場が諸車通行止になつていたことを知つていたことは認めるが、その他は凡て争う、泉尾義隆は原告主張のアスフアルト溶解所から発車、近道をするため、時速二十粁で本件道路上を南西に向つて進行中、諸車通行止の標識線より十五米前方で道路の中央部附近と舗道上に小供が鬼ごつこをして遊んでいるのを認めたので、即時警笛を鳴らし、それより近ずくに従つて警笛を鳴しながらそのまま進行したが、小供等はなお遊戯に耽つているのでこれを避けるため、なるべく小供等の右側、即ち西北の舗道の方に漸次方向を転換しながら進行したところ、被害者が道路中央附近より北に向つて車の進路に入つて来、遂に前輪のウインドグラスの支柱に衝突した。そこで泉尾義隆は即時右側の舗道方向にハンドルを切り、衝突地点から西方五米五十糎の地点で停車し(尚、前輪はその際舗道に突当つていなかつた)、急いで被害者を抱え豊田病院に走込んだ。そして泉尾義隆の不在中助手訴外永留某が右停車地点の舗道上に、積載していたセメントを降し、車を約三十米離れた反対側である東南の舗道側にある第一電柱附近(前記図面参照)に駐車せしめたもので、轢逃を企てたことはない。また訴外横田剛は被告会社が請負つたガス管埋設及び舗装工事の下請人であつて被告会社の被用者ではなく、泉尾義隆はオート三輪車による物品運送業者であつて横田剛の注文によつて同訴外人のため運搬に従事していたものに過ぎない。また泉尾義隆は当日の作業終了後、右アスフアルト溶解所にあつた被告会社のセメントを盗み出し、これを売却して酒代を作るため運搬中本件事故を発生せしめたものであつて被告会社の業務執行中の出来事でもないと述べた。<立証省略>
三、理 由
訴外泉尾義隆が昭和二十七年十月二十四日午後四時四十分頃オート三輪車を運転して大阪市東淀川区十三東之町二丁目八十三番地先道路上を進行中訴外亡繆麗芳と衝突したことは当事者間に争がなく、真正に成立したことについて当事者間に争がない甲第六号証に原告本人の訊問の結果を綜合すると右繆麗芳(当時六才)はこれがため同日夕刻死亡するに至つたことが認められ、右認定に反する証拠は他にない。
そこで、右衝突事故が訴外泉尾義隆の過失に基くものであるか否かについて考察するに、本件事故の現場は阪急十三駅より東北約百米、長柄橋方面より西南の方向に通ずる道路上であつて西北側の舗道より五米四十糎の地点にあり、該道路は幅員約十七米のアスフアルトをもつて舗装された平坦な道路であること、右道路は本件事故現場より百米西南までで行き止りとなりその先は阪急電車線路まで葦等の草生した荒地となつておりその東南側において幅員八米の小道路に接続しているが、右オート三輪車の発車地点に当る本件事故発生地点から東北約七十六米の被告会社のアスフアルト溶解所から事故現場附近にかけての見通しは良好であること、本件衝突地点から北東に約十一米、本件道路の北西側の舗道から約五米四十糎の地点に高さ一米六十糎の標識、すなわち上部の横八十糎、縦四十七糎の部分には「午前八時より午後八時迄諸車通行止、十三警察署」、下部の横三十糎、縦六十五糎の部分には「学童安全道路」と記載された標識が立てられており、且つ訴外泉尾義隆は右標識の存在乃至は標識線内にオート三輪車を乗入れてはならないことを知悉していたこと、事故発生当時右標識線内にある衝突地点附近の道路の中央附近とその北側舗道よりに子供が遊んでおり右標識線より前方約十五米の地点で泉尾義隆はこれを認めていること(以上いずれも検証調書末尾添付の図面参照)は当事者間に争がなく、証人猪奥ふみの証言によると、前示標識線内の道路は諸車通行止となつていたため平素から小供の遊び場所となつており、衝突直前にも右道路上の中央附近では子供が沢山砂遊をしていてその中に被害者である繆麗芳もいたのであるが、他の一人と連立つて西北の舗道に向け帰りかけた瞬間、前示アスフアルト溶解所から西南に向け右道路の右側を進行してきた泉尾義隆運転にかかるオート三輪車の前輪で右横から仰向けに倒され、更に後輪でその腹部を轢過されたこと、泉尾義隆は右標識線内に入つてからも警笛を鳴さず且つ普通人が危いと感ずる程度の速力も緩めず、これがためにか、オート三輪車の進行に毫も感付かず両手を拡げて首を振りおどけたような恰好で歩む被害者に衝突し、轢過して而も停車することなくそのまま西南方に走り去ろうとしたが附近の通行人に直ちに大声で呼止められ已むなく五、六間進行して停車したことが認められ、証人泉尾義隆の証言中右認定に反する部分は前顕証言に照して直ちに措信し難く、その他右認定を覆すに足る証拠はない。そして、前示のように警察署から学童安全道路として指定され諸車の通行止となつている道路には何人といえどもそこに諸車を乗入れてはならない義務があることは勿論であるから泉尾義隆がこれを知悉しながら近路に仮託して右通行禁止区域にオート三輪車を乗入れて本件事故を惹起するに至つたのは正に右義務に違反したものであつて過失の責を免れ得ず、剰え小供が数名も道路上で遊んでいる場合には遊びに熱中の余り諸車の通行に気附かないで突然その進路に入つてくることも当然予測できるのであり而も相当な幅員をもち、平坦且つ見通良好の場所においては小供の遊び場所を充分避けて進行し且つ警笛を鳴らして注意を喚気してやると共に何時でも停車して事故を未然に防止できるよう除行する注意義務があるが、本件においては前示のようにかかる状況下にありながら警笛も鳴さず、除行もせず事故を惹起したものであるから(後記認定のように泉尾義隆は売却して酒代とすべき盗品のセメントを積載していたから焦慮していたことも想定できる)この点においても過失あること勿論である。いわんや道路の右側を進行し剰え轢過後もなお自発的に停車しようとしなかつたことに至つては言語同断というの外はなく、右諸事情を合せ考えるときは原告主張の他の注意義務違反の点を認定するまでもなく本件事故は寧ろ訴外人の重過失によるものと云つても過言ではない。
次に訴外泉尾義隆は被告会社の被用者に該当するか否かについて判断しよう。
民法第七百十五条所定の使用者の責任は他人の労働力を自己の企業組織内に収め、これを支配的に利用することによつて企業利益を維持、増大さす可能性を有するに至つた者は、拡大された企業組織による活動範囲内から発生した損害についても責任を負担することが損害を公平に分担せしめんとする社会的理想に合致するという所謂報償責任にその根拠を有するものであることは今更云うまでもないことであつて、この点からして、同条にいう使用者と被用者間の使用関係は、使用者が被用者を選任し又は指揮監督すべき関係にあることを要することまた贅言を要しないところである。従つて、同法第七百十六条の規定を俟つまでもなく、請負人は注文者の指揮監督に服せず自己の自由裁量に基いて業務を執行するのが一般であるから注文者は原則として請負人の不法行為につき指揮監督上の責に任じないことは勿論であると同時に注文者といえども請負人の不法行為につきその選任についての責任を免れることが出来ないことも明白である。そしてまた、下請負と称せられる契約関係は一概に純然たる請負とのみ断定できるものではなくて元請人が下請人に対して指揮監督権を有し実質において下請人が元請人の被用者であるかの如き関係にある場合もあり、この場合には下請人が請負工事の施行につき他人に加えた損害を元請人に負担せしめる必要のあることまた明らかである。殊に注文者又は元請人が請負人又は下請人に対し自己の営業名義を貸与し又は自己の被用者名義の使用を許容している場合には実質は如何ようにあれ、外部関係においては請負人又は下請人の労働力を自己の企業傘下に収め最少限において自己に対する対外的取引信用を維持又は増大せしめる可能性を獲得するに至るものであり、且つかような場合には原則として請負人又は下請人がなした法律行為上の責任を自己の意思に関係なく注文者又は元請人が負担するに至るのであるから、かかる名義使用許与の契約関係は本来的に注文者又は元請人の請負人又は下請人に対する一般的指揮監督権の存在が当然予定さるべきものであつて、仮にこれを注文者又は元請人が握持又は行使しなかつたとしても、それは自己の怠慢又は自由意思に基く抛棄と見られても仕方がないところであつて、普通の場合に使用者が被用者に対する指揮監督権の行使を怠つている場合と何等径庭がないから、このような場合に右第七百十五条所定の責任を注文者又は元請人に負担せしめることを妥当とすること前示同条の基本趣旨に徴して明白である。以上は注文者又は元請人と請負人又は下請人間の直接的な使用関係を報償責任の点から眺めたものであるが、この理は被用者たる請負人又は下請人が更に第三者を使用して自己に代つて事業の全部又は一部を執行せしめた場合の注文者又は元請人と第三者の関係においても変りはない。ただ、第三者の不法行為に付き注文者又は元請人に賠償責任が生ずる場合は請負人又は下請人が第三者を選任するにつき注文者又は元請人の明示又は黙示の許諾があるか又は注文者又は元請人と第三者間に直接又は間接の指揮監督関係が予定されており、第三者が外観上注文者又は元請人の全体としての企業組織内に包摂されておれば足りること前示第七百十五条の立法趣旨に照して明らかである。さて本件について考えてみるに、被告会社が大阪ガスから本件事故現場より約二百米西方の武田薬品工業株式会社前の道路にガス管を埋設しそれを舗装する工事を元請し、訴外横田剛にこれが工事の一部を下請さしていたことは当事者間に争がなく、中井梅太郎、山田光男、横田剛、深尾敏夫の各名刺であることについて当事者間に争がない甲第二乃至五号証同第七号証に証人泉尾義隆(第一、二回)、横田剛、山田光男、深尾敏夫(第一回)の各証言と原告本人及び被告代表者本人の訊問の結果とを綜合すると、被告会社は訴外横田剛を前示土木工事の下請人として選任したこと、被告会社は右訴外人が該工事を施行するにつき被告会社の専務取締役山田光男を該工事の現場監督として派遣し具体的に指揮監督せしめていたこと、被告会社には従業員の数が少く、下請人を十二人程置き作業部門を建設部、道路復旧班、手伝班、ガス木管復旧班、サービス班、水道部、一般土木部の七部門に区分してこれら下請人をして夫々これを分担せしめ、横田剛は道路復旧班を受持ち事実上被告会社の企業組織の一部を構成していたこと、横田剛は被告会社の許諾を受けてその従業員たる名刺を所持、行使し右工事に関し前示山田光男の代理人として外部交渉に当つていたこと、横田剛は大阪市北区堂島上一丁目十七番地の被告会社所有地上に作業所を有していたが右作業所には該作業所が被告会社の作業所なる旨を表示した看板が掲げられておりこれを被告会社が許諾していたこと、同訴外人は被告会社を事業所とする健康保険の被保険者となり、その他労務加配米についても被告会社の従業員として被告会社、官庁双方から取扱はれていたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はなく、他方証人泉尾義隆(第一、二回)、横田剛(但し後記措信しない部分を除く)の証言によると、訴外泉尾義隆はオート三輪車を所有し貨物の運送を業とする者であつたが、昭和二十六年六月か九月頃から横田剛に選任せられてその日傭となり横田剛の右土木工事用資材の運搬業務に専属的に従事していたこと、及び運送に関し横田剛が一般的に指揮監督権を有したことが認められ、右諸事情に、土木工事関係の使用関係が一般に従属的であること(公知)を合せ考えると横田剛は泉尾義隆の右運搬の方法、仕方にまで具体的監督権を有していたと認めるのが常識的見方である。証人横田剛の証言中泉尾義隆が単なる請負人に過ぎなかつた旨の部分は措信できず、その他右認定を覆すに足る証拠は存在しない。しからば下請人たる横田剛は選任関係においては勿論指揮監督関係においても、また、営業名義又は被用者名義貸与の点においても民法第七百十五条にいう被告会社の被用者であり、他方泉尾義隆は指揮監督関係において横田剛の被用者というべく、結局、被告会社は横田剛を通じて間接に泉尾義隆を指揮監督する立場にあり、泉尾義隆は被告会社の被用者たる地位に立つものであることも明瞭である。
次に、訴外泉尾義隆の本件事故従つて損害は被告会社の前示事業の執行につき発生したものであるか否かについて考えてみると、証人泉尾義隆の証言(第一、二回)によれば、衝突当時泉尾義隆はオート三輪車に盗み出したセメントを積載しており、これを売却して酒代にする目的であつたことが認められるけれども、他方同訴外人は横田剛の被用者である現場監督人訴外深尾敏夫に命じられて前示堂島の作業所までアスフアルト溶解用の薪をとりに行く途中であつたことが明らかであり、右セメントはこの道中に売却せんとしたに過ぎず主目当はあくまで右薪の運搬にあつたことが認められ、証人深尾敏夫の証言中(第二回)これに反する部分は措信できず他に右認定を左右するに足る証拠がないから本件加害行為は泉尾義隆が被告会社の事業執行につきなしたものというべきである。
そして被害者繆麗芳が原告の次女であることは原告本人の訊問の結果によつて明白であるから、免責事由について被告の主張及び立証なき本件においては被告会社は原告に対し原告が本件泉尾義隆の重過失殺行為によつて受けた有形、無形の損害を賠償すべき責任を有する。
そこで更に進んで損害の数額について判断するに、原告本人の訊問の結果によつて真正に成立したものと認める甲第七号証の一、二と同供述を綜合すると原告は本件事故により別紙目録記載の通り金七万八千二百三十円の出費を余儀なくされたことが認められ、また右供述及び前顕各証拠によつて認められる原告の財産状況、被害者の年齢、被告会社の事業、その企業組織の規模、その他本件弁論に現われた諸般の事情を考慮するときは原告が被害者の死亡により現在乃至将来感受すべき精神的痛手に対する慰藉料の額は金七十万円をもつて相当であると認める。しからば被告は原告に対し以上合計金七十七万八千二百三十円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日であることが記録上明白な昭和二十七年十二月二十七日以降右支払済に至るまで年五分の法定遅延損害金の支払義務を有する。
よつて原告の本訴請求に右の限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却するものとし、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。
(裁判官 相賀照之 中島孝信 小畑実)